ロックと江戸時代をこよなく愛するフリーのプロデューサー、ライター“EdoJoe”のブログです。「江戸時代に撮られた古い写真と現代写真の定点撮影」「大好きな時代劇のあら探し」など江戸時代に関わる記事を書いています。
 
大岡越前−加藤剛版
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    夕方のTBSの時代劇で加藤剛の「大岡越前」がスタートです。



    若い頃良く見たドラマで、加藤剛のキャラクターもあり、静かに進むドラマという印象で、勝手に本格的なドラマと思っていたけれど、やはりこの当時のドラマの時代考証は凄いです。



    羽織を羽織った旗本が、屋敷を訪ねてきた町方の尋問に



    「御用繁多じゃ」



    と捨て台詞で屋敷からすたすたと、一人で出て行くシーンがありました。



    こんな事はあり得ないんですが、これを言うと、もうドラマは成立しないんですよね。



    旗本ではないのですが、武士がどのように生活していたかがとても良くわかる本がありあす。



    内藤鳴雪という方が書かれた自叙伝です。

    46歳になってから20歳年下の正岡子規に弟子入りされ、俳人としても有名な方です。

    伊予松山松平家の江戸藩邸に生まれた鳴雪は、自叙伝の中で、当時の江戸藩邸での暮らしや旅の様子などを記しています。



    武士は自分で買い物はせず、小者を使いに出すのだそうです。

    大名の家臣の子弟ですらそうですから、譜代の大名に繋がる旗本が家来を連れずに外へ出ることなどあり得ないわけです。



    でも、これをちゃんとやると、私の大好きな時代劇が全部なくなってしまうのです。

    それは困るのです。



    という事で、きっとこういうこともあったに違いない、、という事にしておきましょう。





    【2011.01.13 Thursday 19:40】 author :
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    煎酒、堪能です!
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      JUGEMテーマ:江戸時代


      江戸の調味料煎酒をようやく買いました。





      煎酒です。


      江戸時代、醤油が広まる前の調味料と言われています。
      醤油は当初、酒同様、上方からの下り物が主流で、濃口醤油が登場するのは17世紀に入ってからと言われているのですが、元禄時代に書かれた本朝食鑑には各家で作られていたと書かれていますから、本当のところ“濃口醤油が商品として流通する以前の”ということかもしれません。






      こんな色をしています。






      穏やかな味で美味しいです。
      【2010.11.25 Thursday 18:11】 author :
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      日比谷御門から江戸城お堀
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        JUGEMテーマ:江戸時代

        日比谷御門は現在の日比谷公園の北東の角です。

        内堀通りを渡ったところからの撮影です。

        日比谷御門から内堀今昔

        現在右手には帝劇、国際ビル、東京會舘と並びますが、ここはまだ御門の中なので江戸時代には広大な大名屋敷が並んでいました。

        当時は内堀通りを塞ぐように御門がたっていました。ここから南の日比谷通りはまだありません。
        大番所があり、その南は大名家の添屋敷その西側に堀があり石垣を隔てて外堀です。
        現在は心字池としてその名残があります。



        どうでしょう?トリミングするとなんとなくお堀に見えませんか。


        石垣にこんなものを見つけました。



        普請を命じられた大名家の紋でしょうか?どこの家の紋でしょうか?
        ご存じの方がいらしたら教えてください。
        【2010.11.06 Saturday 20:29】 author :
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        名奉行大岡越前
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          「名奉行大岡越前」の再放送が始まりました。

          大岡越前はなんども舞台化、映像化されてますが、この「大岡越前」、実は一番好きです。

          このシリーズの大きな特徴は与力との間で確執があるところですね。
          いわゆる町方、つまり町奉行所の与力と同心というのはほとんど他の部署との横断人事がありません。

          従って、非常に閉鎖された職場で、「上が変わろうが知った事か」みたいなところがあったと言われてます。
          その辺りを前提に話が進むところがいいですね。

          時代考証を取り入れたからこそ、できたドラマです。

          もちろん、無茶なところはたくさんありますが、それは現代劇でも一緒なので、、

          でも、って事はですよ、100年後「相棒」を見て、あれが21世紀の警察だと思う人が出てくるってことですか?

          うーん、某は大好きなドラマですが、、ドラマの功罪ってありますねえ。
          【2010.10.12 Tuesday 17:51】 author :
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          桜田壕から半蔵門
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            JUGEMテーマ:江戸時代

            外桜田門を西の方へ歩き、半蔵門が覗けるところです。

            左側は三宅坂、近江彦根の井伊家の屋敷、この写真が撮られたのは明治元年頃と思われますので、は当然亡くなってましたが、つまり桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼の屋敷があった場所です。

            現在は国会議事堂へのアプローチの横に芝生が敷かれ、その奥に憲政記念館があります。

            ここに日本水準原点というのがあるんだそうです。つまり、日本の標高を決める場所?でいいのかな?

            正面は半蔵門の渡り櫓(明治4年に撤去)です。



            【2010.10.09 Saturday 00:31】 author :
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            刺客請負人〜雨見
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               昨日は見事な満月でした。実際に月齢が満ちるのは今晩ですが。十分楽しめました。

               そして、今日は、昨日の暑さからうってかわっての涼しさ、しかも雨です。

              ふと森村誠一さんの刺客請負人に“雨見”という遊びが登場ていたのを思い出しました。

              花見、月見は現代でも風流な遊びですよね。さらに江戸時代には雪見と言う遊びがあった事まではよく知られています。小石川あたりが雪見の名所だったらしいです。

              ですがこの雨見というのは聞いた事がなかった。変換しても出てこないし、ネットもでひかかりません。



              ですが、しとしとと降りつづける雨を見ながら、静かに酒を傾ける、風情があります。

              主人公の刺客松葉刑部と殺しを依頼する徳松の二人が裏家業で汚れた手を雨で洗い流す、そんな事を思わせるこの場面、某は大好きです。この雨見、女連れは良くないんだそうです。男一人、せいぜい二人で飲むんだそうです。とするとこれは男だけの楽しみなんでしょうか。



              この作品以外で雨見というのに出会った事がないので、どなたかご存じの方がいらしたら教えて下さい。森村誠一さんの造語なら、それはそれで、、、





              さぁ、出かける前に、一本つけて雨見としゃれこもう。
              【2010.09.23 Thursday 12:35】 author :
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              旧暦8月15日
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                 明日は満月です。実際旧暦の15日が必ず満月と言う事がはないのですね。つまり暦のできが悪い。

                毎月は大体13日から17日の間に来ます。

                 ちなみに明日の月の出は夕方、沈むのは明け方。この時期は月の出が長いので月見には最高です。

                江戸の月見の名所は色々あったようですが、愛宕山、九段坂の上、東が望めて高いところのようですねね。

                このまま行くと最高に良い月見ができそうです。



                 それにしても暑い。旧暦では4月から6月が夏、7月から9月が秋です。つまり今の夏の感覚とは随分違い、熱さのピークが夏の終わり、秋の始まり、寒さのピークが冬の終わり、春の始まりと考えるとしっくりきます。

                その感覚を現代人が身につけるのがちょっと手間だと思うんですね。


                時代劇作家は苦労しますね。

                読者は現代人ですからね。

                 
                 
                【2010.09.22 Wednesday 16:42】 author :
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                水戸黄門と方言
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                   今日は天童が舞台。

                  やずやの大滝秀治が悪役やってる。


                  めずらしく方言(本物かどうかはわかりませんが)が使われてました。時折あるんですけど、これ今の黄門様でも是非定番にしてくれるとうれしいのに。

                   地方分権が叫ばれる昨今、全国漫遊が見せ所なら是非見てみたいですねえ。

                  その度に方言指導を入れる必要があり予算もかかるでしょうけど。



                   それにしてもこの時代の水戸黄門良く音声が途切れます。放送禁止用語使い放題なんでしょうね。
                  JUGEMテーマ:江戸時代
                  【2010.09.21 Tuesday 17:56】 author :
                  | 時代劇あら探し | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  江戸時代のボーイズラブ
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                    JUGEMテーマ:江戸時代



                    腐女子の話題のツイッターに反応してしまったので、せっかくなのでその話題を!

                    実は、この間某大手DVDレンタル会社の方と話したら、AV借りてる20−30%は女性で、しかもB−LOVEらしい


                    さて、江戸時代の日本人が同性愛に対してどうだったかと言うと、相当おおらかだったようです。

                    というより、タブーではなかった考えられます。

                     衆道、つまり男性同士の性交渉。これは少なくとも武士の社会では当たり前です。武士社会では結婚=家同士の結びつきですから、恋愛から結婚に至ると言う事はほとんどありません。つまり、現代の恋愛に近いのはこちらです。男女の恋愛はむしろ悲劇で、ほとんどが禁断の愛です。
                     衆道ばかりが記録に残りますが、もちろん逆に女性同士も同じくらいあったと思います。
                    レズに関する記述が資料として少ないのは、当時の男性上位社会の中で、女性に関する記録が極端に少ないことによると思います。
                     衆道は、戦国時代から盛んで織田信長、森蘭丸は得に有名ですが、江戸期に入っても、例えば五代将軍徳川綱吉、水戸の黄門様、平賀源内とあげれば切りかありません。(元禄あたりがピークのようですが)黄門様にいたっては「政治は男色ではなく女色のようにしなければならない」という名言?を残しています。この意味は、男色は一方だけが気持ちがいい、男女のエッチは両方気持ちがいいという意味らしいですが、残念ながら経験の無い某としては裏付ける言葉を持ち合わせません。
                     当時は、更に陰間という専門の風俗までありました。この陰間は美しい男性がお客をとるのですが、中には、女装をする者もいます。ただ、この陰間、必ずしも男性のお客だけを取るとは限りません。有閑マダムが女装した陰間を買うわけです。
                     このあたりは美しい少年を追いかける現代の女性の風潮に良く似ています。今も昔もビジュアルは大事なのです。

                     腐女子の方々の興味を失わせるような話しかもしれませんが、衆道は、元々、殿様に「仕える」というところがポイントのようですね。戦になれば、親方様の為に命を捧げるという主従関係、命を捧げるなら、お尻ぐらいは、、と、このあたりはサムライとヤクザ―「男」の来た道 (ちくま新書)
                    などの著作を読むと良くわかります。


                    さて、現代日本人の同性愛に関する意識は世界標準的にどうなんでしょう。
                    ドイツで閣僚が同姓と結婚をしたとか、カリフォルニアで同姓の結婚を認めるとかという話しがありますが、多分、実は、今もってして、日本人は相当におおらかだと某は思っています。

                    何故、そう思うかというと、
                     随分前、ロスト・イン・トランスレイションという映画が大ヒットしていた頃。ちょうど頻繁にアメリカで仕事をしていました。あの映画で、藤井隆演じるマシューがビル・マーレイと共演していたのをご存じだと思います。あの頃、マシューがアメリカでは大人気で、某は彼の番組を録画してアメリカの友人に送ってあげた事があります。
                     ほとんどのアメリカ人はあの番組が本当にあるとは思ってなかった。というより、アメリカではあり得なかった。敬虔なキリスト教的な視点から見るととんでもないキャラクターで、映画ではありえても、無料で見られるテレビでジェンダーを越えたキャラクターって許されないみたいですね。彼は役として演じてましたが、日本では、そういうキャラクターでテレビに出る人は当時すでにあたりまえでした。日本に来たアメリカ人の女の子がキャーキャーいいながら見てましたし、アメリカに住んでるゲイの友人がうらやましがってましたね。(もちろん、実際に悩んでいる人たちから見れば、日本には日本の問題があるんでしょうけど)

                     つまり制度の問題ではないんですね。感性の問題として、日本人は「そういう事もあるんじゃない」と考える事ができる。だって、歌舞伎だって、宝塚だって、外国行けばNG出す人一杯居ますよ。

                    このおおらかさ、某はとっても良いことだと思ってます。

                    【2010.09.19 Sunday 21:30】 author :
                    | 江戸今昔〜古写真で歩く | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    島原藩下屋敷、つまり慶応大学
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                      JUGEMテーマ:江戸時代
                       

                      綱坂、つまり慶応大学の西側です。
                      江戸末期は、肥前島原藩松平家下屋敷、その奥は現在イタリア大使館、元伊予松山松平家上屋敷、左は、陸奥会津松平家下屋敷、松平様ばっかりです。



                      もっとも徳川家と縁戚になると、のきなみ松平性を賜っていたようですから、多くてあたりまえですが。

                      イタリア大使館には大名家、つまり伊予松平家の庭園が残されているとブラタモリでやってました。もっとも敷地は当時の1/3程度のようですが。
                      【2010.09.19 Sunday 14:16】 author :
                      | 江戸今昔〜古写真で歩く | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |