ロックと江戸時代をこよなく愛するフリーのプロデューサー、ライター“EdoJoe”のブログです。「江戸時代に撮られた古い写真と現代写真の定点撮影」「大好きな時代劇のあら探し」など江戸時代に関わる記事を書いています。
 
山谷堀今昔
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    戸時代、最高級の男の遊び場吉原。
    その吉原へ行くためのコースで一番メジャーだったのが、柳橋で船をひろい、大川を上り、山谷堀を行くというもの。この写真の場所は、大川から山谷堀を上って少し行ったあたり、聖殿橋の手前だと思います。写真は色を塗られて、まるで絵画のようです。今ならフォトショップで一発加工が可能ですが、手間がかかったでしょうね。




    雪の山谷堀を船でのぼって吉原へ、男冥利につきますが、随分お金がかかったでしょうね。
    昭和53年山谷堀は埋め立てられ暗渠となりました。
    暗渠となった堀は山谷公園と名を変え桜の名所になっています。
    桜が散るとツツジ、そして紫陽花と、季節の花が次々咲きます。今も風情のある場所です。
    【2011.05.16 Monday 22:30】 author : Edo Joe
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    ドラマJINで使用されていた写真
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        JIN、いよいよ面白くなって来ました。
      昔ながらの時代劇というのが成立しなくなっているので、
      タイムトラベルものとはいえ、時代劇が見られるのは実に楽しいのです。

      このブログをずっとお読みの方はご存じの通り、
      JINのタイトルにこのブログでも使用している写真が使われています。
      江戸の末期フェリックス・ベアトという方が撮った写真がほとんどですが、
      よく残っていたものです。

      この機会に整理してみました。
      以下の写真は一度はタイトルで使用されているものです。

      牛ヶ渕(九段坂/田安門の手前)
      http://edojoe.kijitora.net/manage/?mode=write&eid=3

      麻布善福寺
      http://edojoe.kijitora.net/manage/?mode=write&eid=5

      愛宕神社
      http://edojoe.kijitora.net/manage/?mode=write&eid=10

      島原藩下屋敷
      http://edojoe.kijitora.net/manage/?mode=write&eid=14

      半蔵門
      http://edojoe.kijitora.net/?eid=27
      【2011.05.10 Tuesday 16:58】 author : Edo Joe
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      半蔵門
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         ここが半蔵門と言われても実はあまりぴんと来ないのです。
        ドラマ“JIN”でもこの写真は使われていました。 半蔵門今昔
        今は門と堀の反対側は同じ高さにあるけれど、当時は差があったのでしょうか。確かに赤坂あたりを歩くと、お堀端の道と堀の水面は同じレベルなのですが。


        同じ位置と思われる場所で撮りたかったのですが 、さすがに中へ入らせて下さいと頼む勇気はありませんでした。
        【2011.05.10 Tuesday 16:53】 author : Edo Joe
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        煎酒、堪能です!
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          JUGEMテーマ:江戸時代


          江戸の調味料煎酒をようやく買いました。





          煎酒です。


          江戸時代、醤油が広まる前の調味料と言われています。
          醤油は当初、酒同様、上方からの下り物が主流で、濃口醤油が登場するのは17世紀に入ってからと言われているのですが、元禄時代に書かれた本朝食鑑には各家で作られていたと書かれていますから、本当のところ“濃口醤油が商品として流通する以前の”ということかもしれません。






          こんな色をしています。






          穏やかな味で美味しいです。
          【2010.11.25 Thursday 18:11】 author :
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          日比谷御門から江戸城お堀
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            日比谷御門は現在の日比谷公園の北東の角です。

            内堀通りを渡ったところからの撮影です。

            日比谷御門から内堀今昔

            現在右手には帝劇、国際ビル、東京會舘と並びますが、ここはまだ御門の中なので江戸時代には広大な大名屋敷が並んでいました。

            当時は内堀通りを塞ぐように御門がたっていました。ここから南の日比谷通りはまだありません。
            大番所があり、その南は大名家の添屋敷その西側に堀があり石垣を隔てて外堀です。
            現在は心字池としてその名残があります。



            どうでしょう?トリミングするとなんとなくお堀に見えませんか。


            石垣にこんなものを見つけました。



            普請を命じられた大名家の紋でしょうか?どこの家の紋でしょうか?
            ご存じの方がいらしたら教えてください。
            【2010.11.06 Saturday 20:29】 author :
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            桜田壕から半蔵門
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              JUGEMテーマ:江戸時代

              外桜田門を西の方へ歩き、半蔵門が覗けるところです。

              左側は三宅坂、近江彦根の井伊家の屋敷、この写真が撮られたのは明治元年頃と思われますので、は当然亡くなってましたが、つまり桜田門外の変で暗殺された大老井伊直弼の屋敷があった場所です。

              現在は国会議事堂へのアプローチの横に芝生が敷かれ、その奥に憲政記念館があります。

              ここに日本水準原点というのがあるんだそうです。つまり、日本の標高を決める場所?でいいのかな?

              正面は半蔵門の渡り櫓(明治4年に撤去)です。



              【2010.10.09 Saturday 00:31】 author :
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              江戸時代のボーイズラブ
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                JUGEMテーマ:江戸時代



                腐女子の話題のツイッターに反応してしまったので、せっかくなのでその話題を!

                実は、この間某大手DVDレンタル会社の方と話したら、AV借りてる20−30%は女性で、しかもB−LOVEらしい


                さて、江戸時代の日本人が同性愛に対してどうだったかと言うと、相当おおらかだったようです。

                というより、タブーではなかった考えられます。

                 衆道、つまり男性同士の性交渉。これは少なくとも武士の社会では当たり前です。武士社会では結婚=家同士の結びつきですから、恋愛から結婚に至ると言う事はほとんどありません。つまり、現代の恋愛に近いのはこちらです。男女の恋愛はむしろ悲劇で、ほとんどが禁断の愛です。
                 衆道ばかりが記録に残りますが、もちろん逆に女性同士も同じくらいあったと思います。
                レズに関する記述が資料として少ないのは、当時の男性上位社会の中で、女性に関する記録が極端に少ないことによると思います。
                 衆道は、戦国時代から盛んで織田信長、森蘭丸は得に有名ですが、江戸期に入っても、例えば五代将軍徳川綱吉、水戸の黄門様、平賀源内とあげれば切りかありません。(元禄あたりがピークのようですが)黄門様にいたっては「政治は男色ではなく女色のようにしなければならない」という名言?を残しています。この意味は、男色は一方だけが気持ちがいい、男女のエッチは両方気持ちがいいという意味らしいですが、残念ながら経験の無い某としては裏付ける言葉を持ち合わせません。
                 当時は、更に陰間という専門の風俗までありました。この陰間は美しい男性がお客をとるのですが、中には、女装をする者もいます。ただ、この陰間、必ずしも男性のお客だけを取るとは限りません。有閑マダムが女装した陰間を買うわけです。
                 このあたりは美しい少年を追いかける現代の女性の風潮に良く似ています。今も昔もビジュアルは大事なのです。

                 腐女子の方々の興味を失わせるような話しかもしれませんが、衆道は、元々、殿様に「仕える」というところがポイントのようですね。戦になれば、親方様の為に命を捧げるという主従関係、命を捧げるなら、お尻ぐらいは、、と、このあたりはサムライとヤクザ―「男」の来た道 (ちくま新書)
                などの著作を読むと良くわかります。


                さて、現代日本人の同性愛に関する意識は世界標準的にどうなんでしょう。
                ドイツで閣僚が同姓と結婚をしたとか、カリフォルニアで同姓の結婚を認めるとかという話しがありますが、多分、実は、今もってして、日本人は相当におおらかだと某は思っています。

                何故、そう思うかというと、
                 随分前、ロスト・イン・トランスレイションという映画が大ヒットしていた頃。ちょうど頻繁にアメリカで仕事をしていました。あの映画で、藤井隆演じるマシューがビル・マーレイと共演していたのをご存じだと思います。あの頃、マシューがアメリカでは大人気で、某は彼の番組を録画してアメリカの友人に送ってあげた事があります。
                 ほとんどのアメリカ人はあの番組が本当にあるとは思ってなかった。というより、アメリカではあり得なかった。敬虔なキリスト教的な視点から見るととんでもないキャラクターで、映画ではありえても、無料で見られるテレビでジェンダーを越えたキャラクターって許されないみたいですね。彼は役として演じてましたが、日本では、そういうキャラクターでテレビに出る人は当時すでにあたりまえでした。日本に来たアメリカ人の女の子がキャーキャーいいながら見てましたし、アメリカに住んでるゲイの友人がうらやましがってましたね。(もちろん、実際に悩んでいる人たちから見れば、日本には日本の問題があるんでしょうけど)

                 つまり制度の問題ではないんですね。感性の問題として、日本人は「そういう事もあるんじゃない」と考える事ができる。だって、歌舞伎だって、宝塚だって、外国行けばNG出す人一杯居ますよ。

                このおおらかさ、某はとっても良いことだと思ってます。

                【2010.09.19 Sunday 21:30】 author :
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                島原藩下屋敷、つまり慶応大学
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                  JUGEMテーマ:江戸時代
                   

                  綱坂、つまり慶応大学の西側です。
                  江戸末期は、肥前島原藩松平家下屋敷、その奥は現在イタリア大使館、元伊予松山松平家上屋敷、左は、陸奥会津松平家下屋敷、松平様ばっかりです。



                  もっとも徳川家と縁戚になると、のきなみ松平性を賜っていたようですから、多くてあたりまえですが。

                  イタリア大使館には大名家、つまり伊予松平家の庭園が残されているとブラタモリでやってました。もっとも敷地は当時の1/3程度のようですが。
                  【2010.09.19 Sunday 14:16】 author :
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                  ちょっと悲しい愛宕神社
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                    JUGEMテーマ:江戸時代

                    愛宕神社からの景観


                    ほぼ同じ場所から撮りましたが、今はこんもりとした木で覆われているので視界が望めません。

                    その先は、更に望めません。ビルが塞いでいます。

                    同じ感動を味わうためには東京タワーに上るしかないですね。

                    江戸時代この場所は、江戸を見渡せる絶景ポイント、月見の名所だったと言われています。



                    そして、男坂です。立木で同じ場所から撮ると何も写らないので、ちょっと近寄りました。


                    男坂


                    これって石の積み方が江戸時代っぽくないですか?




                    境内にある池中に明治時代の地図に残る三角点があるという話題をタモリ倶楽部でやってましたが、流石に見つかりません。
                    【2010.08.31 Tuesday 19:59】 author :
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                    ついにでた、記録更新、御年二百歳
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                      JUGEMテーマ:江戸時代


                      でましたでました。ついに記録更新です。



                      二百歳だよ。



                      1810年というと文化七年、



                      大政奉還が1867年つまりそれよりまだ57年も前です。





                      幕末の動乱も未だ始まらず、時はまさに江戸文化爛熟の時!


                      パパパン、パンパン!



                      仕事はできたが評判の悪い田沼意次を放り出した、理想は高いができの悪い松平定信もすでに失脚



                      女好きの第11代将軍家斉様の御代でございます。

                      パパパン、パンパン!





                      本当に生きてたって記事どこかに無いかな?
                      何しろ長寿国日本なんだから!
                      【2010.08.28 Saturday 18:02】 author :
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